「冬瓜」―冬瓜盅と西瓜盅―

西太后に仕えた徳齢女史の随筆『御香縹緲録』には西太后が好んだ夏の瓜料理の1つとして「西瓜盅」が登場します。作り方は西瓜の果肉をすべて取り出し、この中にさいの目に切った鶏と中国ハム、新鮮な蓮の実、龍眼、胡桃、松の実、杏仁などを入れて蓋をした後、何時間も湯煎にして加熱するというもので、“その味が「清醇鮮美」であることは想像に難くない”と女史は述べています。

そこで思い出すのが、私が六本木四川飯店で修行していた頃、師匠が再現料理として作った「西瓜盅」のことです。師匠には申し訳ないのですが、西瓜の甘味と青臭さに加えて、鶏や中国ハムの味が濃厚で、日本人にはとうてい受け入れられない味でした。今思うと、そもそも生食として改良された甘味が強い日本の西瓜が蒸して美味しいはずはなく、この料理には甘みが薄く皮が厚い原種に近い西瓜が適していると重われます。実際その数年後、河南省に旅行した際、地方政府の招待所で出された「西瓜盅」は嫌な甘味もなく、やや青臭いもののその青臭さがかえって爽やかな印象を与えたことを覚えています。こちらの「西瓜盅」は鶏を1匹丸のまま西瓜に詰め、西瓜から無造作に鶏の頭が出ているという素朴な料理でしたが、このスタイルが西太后より古い「西瓜盅」と言うことができます。

中国孔府菜研究会が編んだ『中国孔府菜譜』の中に載る「一卵孵双鳳」は同治年間に考案された料理で、くりぬいた西瓜の中に二匹の若鶏を詰めて酒を少量加え、西瓜ごと蒸しあげたものです。孔子から数えて七十五代目の当主、孔祥珂はこの料理をいたく気に入り料理名を尋ねたところ、「西瓜鶏」というありきたりのものだったので、その料理の姿から「一卵孵双鳳」と自ら命名したという由来が記されています。料理の写真を見ると西瓜から鶏が2匹頭を出しているだけのもので、私が食べた河南の「西瓜盅」とさして変わらない印象を受けましたが、これが清朝の宮廷料理に伝えられると、より洗練されたものとなり、鶏は丸のままからさいの目に切られ、さまざまな材料と組み合わせて料理名も「西瓜盅」と命名されました。この「西瓜盅」はやがて各地に伝来して「冬瓜盅」に変化したとも、宮廷料理の中で「冬瓜盅」が考案されたとも言われています。

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