No.61 卵料理「韮菜烘蛋」と「鉄鍋蛋」

「烘」とは鉄板に材料を載せて弱火でじっくり焼くという意味の調理用語で、主に点心で使用される技法です。例えばホットケーキの焼き方を連想していただければ解りやすいと思いますが、料理にはほとんど用いられません。「韮菜烘蛋」という卵料理はこの「烘」の技法が使用される数少ない料理の1つです。具体的な作り方は、溶いた卵にスープを加え、ここに細かく刻んだ韮と水溶き片栗を入れ、鍋で半熟状態まで加熱した後、上下を反転させて弱火でじっくり焼いて火を通します。表面が焦げないように火はできるだけ弱くして動かさないで焼くと、卵はスフレのように盛り上がって、表面はカリカリした歯ざわり、中は滑らかで柔らかく、しかも焼けた卵の香りや韮の芳ばしさが食欲をそそり、ご飯のおかずにもってこいの料理です。材料を鍋の中で滑らせながら両面を煎り焼く技法は「煎」と表現されますが、この料理は動かさずにじっくり焼くので「烘」と言われる訳です。

私が修行していた六本木四川飯店ではランチによく「韮菜烘蛋」を出しており、私もこの料理で鍋の操作の修行を積みました。一見簡単そうに見えるのですが、卵にスープと水溶き片栗を加えるので卵がまとまりにくく、また鍋にこびりついて非常に難しいものです。また焼きたてはスフレのように膨れているのですが、これを切って皿に盛るとすぐにペシャンコになってしまい何とも残念なことです。ただし味は中国料理の卵料理の中でも一二を争うと言っても過言ではありません。スープと水溶き片栗が入っているので出し巻き卵をもっと滑らかにした味わいがあり、しかも表面の芳ばしさは出し巻き卵にはない魅力です。

さて「韮菜烘蛋」の生地を特性の鉄鍋の中で焼き、完全にスフレ状態にして仕上げた料理が河南料理の「鉄鍋蛋」です。この料理は上下が大きなプリン型の特殊な鉄鍋を用い、下鍋を火に掛けて熱した中に卵生地を加えて半熟状に焼いた後、同じような形をしたプリン型状の焼いた鉄蓋をかぶせ、上下から加熱するというもので、オーブンを使用せずにスフレを作る特殊な技法で作られます。2000年に出版した『中国料理技術体系烹調法』の中でどうしてもこの料理の技法を紹介したいと思い、前年に北京の河南飯荘で料理写真を撮ったのですが、1982年に出版された『中国名菜集錦』にもあるように、特殊な鍋を必要とするこの技法は既に行なわれなくなっており、撮影ではわざわざこの特殊な鉄鍋を作って、この古い技法を再現したのでした。

現在の「鉄鍋蛋」は名前こそ「鉄鍋蛋」なのですが、陶器の壷に卵生地を入れてオーブンで焼く、西洋料理で一般的なスフレに変化してしまいました。味は変わらないと思うのですが、なんとも惜しいかぎりです。

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