No.60 卵の異名「木犀、芙蓉」

現在中国語では卵を「蛋」と書きます。日本語でもタンパク質は「蛋白質」と書きますから「蛋」に卵の意味合いがあるのですが、日本では一般的でありません。漢和辞典で調べてみると①鳥の卵 ②中国南方の水上に住む異種族 とあり、白川静氏の『字統』には「南方の異族で、蛋家、蛋戸とよばれ、陸居を許されず、舟を家として漁に従い、賎民とされた。よく水に潜って蚌珠(真珠)をとるので、わが国でもそのような海人をあまとよび、蛋の字を充てた」と説明されており、「蛋」とはもともと部族名であったことが解ります。これがどうして卵のことになるのかはよく解りませんが、明代の字書『字彙補』に「俗に鳥卵を呼びて蛋と為す」とあることから、「蛋」が卵を表すようになったのは明代以降のことのようです。料理書では明代までは「蛋」と書かれ、清朝の『隨園食単』や『養小録』あたりから「蛋」とされるようになりました。清朝以来今日まで「蛋」は卵なのですが、料理名には「蛋」という漢字を使用せず、他の言葉であらわす事が多いようです。例えば「溜黄菜」は煎り卵の餡かけ、「炒木犀肉」は肉と卵の炒め物、卵が黄色いことから「黄菜」や「木犀」(金木犀の花)と呼ばれるわけです。

人を罵倒する言葉に「王八蛋」「忘八蛋」(発音は同じ)というのがあるそうです。これは五代時代、無頼をほしいままにして悪行のかぎりを尽くした王建という人物を人々が「八徳」を忘れた王氏という意味で「王八」と呼んだことに由来します。またメスのスッポン(一説に亀)は蛇と交わるのを許して卵を産むと信じられていたことから、「忘八蛋」つまり「人としての八徳を忘れ他の男と交わって生んだ子供」または「妻を他人に寝取られた者」という意味になり、他人を侮辱する強烈な悪言とされました。このような言葉があるために料理名に「蛋」を付けることを嫌う訳です。

また卵白を使用する場合は白い蓮の花を意味する「芙蓉」と書かれます。蓮の花は一般に薄紅色だろうと思うのですが、仏教では極楽浄土に咲く清浄な花とされるので白が蓮の花にふさわしいと言う事になるのでしょうか。「芙蓉燕窩湯」は卵白にスープを混ぜ合わせたものを碗に注いで蒸し固めた後、この上にツバメの巣を載せてスープを注いだ料理です。中でも「芙蓉鶏片」は最も凝った料理として知られています。作り方は先ず鶏肉を泥状のミンチにし、ここに卵白、スープなどを加えて溶き延ばしたものを熱した油の中に流し入れ、固まって浮かんできたものをすくい取ってお湯に放って油ぬきし、味を加えた少量のスープの中に入れ、水溶き片栗を加えてトロミを付けて仕上げます。「鶏片」(鶏肉の薄切り)と書いてありますが実は卵白で作られたもので、口当たりは溶けるような柔らかさで滑らか、白い蓮の花のように上品な料理です。

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