No.44 ナズナ ―聶鳳喬先生とナズナのスープ―

ナズナは味が良い野草で苦味もないのですが繊維質が強いため、湯がいた後、細かく刻んでから調理します。ここに醤油と胡麻油で味付ければそれだけでも前菜になりますが、椎茸や中国ハム、松の実などを加えると一層風味が増します。以前上海で食べたナズナの前菜はナズナとアンズの種(杏仁)を和えたもので、ポリポリとしたアンズの種の歯ごたえや香りのコントラストが面白く、こんな食べ方もあるのだなあと感心しました。要はナズナをベースにし、色や味、歯ざわりを考えて他の材料を加えればさまざまな前菜が出来上がり、さらにこれを饅頭やワンタン、春巻きなどの具材にすれば色々な料理が手軽に楽しめる訳です。

スープにする時も下ごしらえは同様で、湯がいた後ナズナを刻んで他の具材と一緒にさっと煮込み、塩で味付けるだけで清清しい香りが立ち、青々とした色合いが春の芽吹きを思わせる素朴で品の良い料理となります。私の恩師、今は亡き聶鳳喬先生もナズナのスープが好きでした。先生は材料学の権威であり楊州大学の教授でしたが、若い頃から苦学された方でもあり「私は小学校しか出ていない」が口癖でした。しかし、各地で苦学された経験が文献学者では知りえない豊富なフィールドワークに裏打ちされた学問を形作り、そこに子供の頃私塾で暗証させられたという漢詩の素養が加わって、先生の野菜に関する随筆は独特の魅力を放っています。その随筆集『蔬食斎随筆』中に先生が得意としたナズナと豆腐のスープ「萕菜豆腐羹」の作り方が記されています。
「春になると私はナズナを摘み、豆腐一丁を買ってきて自分でスープを作る。竹の子や肉を細く切ったものを入れても良いし、何も加えなくてもよいが、ただ、必ずラードを少しだけ垂らすようにする。好みで酒を加えたり胡椒ふってもまた風味がよい」

中国の市場でナズナが売られているのを私は見た事がありません。おそらく売られていたとしてもわざわざ買う人は少ないと思います。聶先生のナズナと豆腐のスープは高価なご馳走ではありませんが、清貧の研究生活を長く送られた先生には思い出深い特別な料理だったことでしょう。先生の随筆を読んでいると「高いばかりがご馳走ではないよ、誰も気がつかないところに本物が隠れているよ」と私には優しかった先生が言っているように思えてきます。

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