「菊」―重陽の節句と菊酒―

旧暦9月9日は重陽節、日本では「菊の節句」などと呼ばれ、陽暦で今年は11月1日がこれにあたります。テレビのニュースで菊人形を飾った「菊祭り」の様子が伝えられることがありますが、これはもともと重陽節にちなんだ催しでした。さて「重陽」とは陽数(奇数)が重なるという意味を持ち、陽数の中でも「九」は最高位の数であるため、「九」が重なる9月9日が特別な日とされたのです。また「九」は皇帝を象徴する数でもあり、故宮の赤い扉の金鋲が81個なのも9×9、つまり至高の数であることを意味しています。

さて中国ではこの日に「登高飲酒」つまり高台に登って飲酒する習慣がありました。またこの日に茱萸(カワハジカミ、山椒に似た香を持つ)を身に付け、蓬餌(ヨモギ団子)を食べ、菊花酒を飲むと長寿が得られると信じられました。王維は家族から離れて一人重陽節を祝う孤独な心境を「独り異郷に在って異客となる、佳節に逢う毎に倍ますます親を思う、遥かに知る兄弟高きに登る処とき、徧く茱萸を挿して一人少なきを」と詠いましたが、重陽節は秋のリクリエーション、家族団らんの時でもあったのです。

さて菊花酒をどのように作るのかは『聖恵方』という医学書に記されています。
“9月9日に甘菊花を採って乾燥させ粉末にしておく。もち米を蒸し、米1斗に対して菊5両を加えて酒を発酵させる。出来上がれば搾って温め、杯に1杯飲む。頭がふらつくのを治す効果がある”

9月9日に菊を採っていては重陽節に飲むことはできないので、菊の花弁を酒に浮かべるだけでも良いのかもしれませんが、できれば酒に乾燥した菊を漬け込む方が香り高いものになるでしょう。

No.18「菊」―菊の意象―

菊といえばこれをこよなく愛した陶淵明が思い出されますが、以来、菊は俗世を離れた隠者たちに愛される花となりました。その理由は、他の草花が冷たい秋風にさらされて枯れてゆくのに、菊だけはこれに逆らって美しい花を咲かせることから、他人と同調せず、逆境にあっても節を曲げない高潔さが菊の持つ徳目とされたからでした。宋代になると菊の種類や由来などを記した『菊譜』が盛んに出版されましたが、代表的なものを紹介しておきましょう。

『菊譜』宋 范大成

山林好事の者、或いは菊を以って君子に比ぶ。其の説にいいえらく、歳華晼えん晩ばん(歳も暮れ)草木変衰するに、すなわち独り燁よう然ぜん(盛んなさま)秀発(花や実の美しく盛んなさま)して風露を傲睨ごうげいするのみ。此れ幽人、逸士の操(おもむき)、寂寥荒寒するといえども道の腴(うるわし)きを味わい、その楽しみを改めざるなり。

『菊譜』宋 史正志

菊の性は介烈高潔にして百卉と同じからず。其の盛衰は必ず霜の降りるを待つ。草木黄落して花始めて開く。

『菊譜』宋 劉蒙

松は天下の歳寒堅正の木なり、而して陶淵明すなわち松の名をもって菊に配して連語す。而してこれを称するに、それ屈原淵明これ皆、正人、達士、堅操、篤行の流れなり、菊に至ってなおこれを貴重す。

このように菊は隠者に喩えられましたが、これに対して梅は他の花に先駆けて早春に開花し、清香を放つところから清廉潔白な高士に喩えられました。花期は正反対ですが中国の文人たちは菊や梅の高潔さに人としてのあるべき姿を見出したのでしょう。ただ人生の終わりにもなお心美しくありたいという願いが菊に対する思いいれの深さにつながったようです。

No.19「菊」―菊の料理―

菊は主にその香を楽しむ素材なので、主材料として用いることはあまりないのですが、菊を必ず使用する料理の1つに「蛇羹」(蛇のスープ)があります。かつて広州で広東料理の研修を受けた際に、地元の友人と蛇料理専門店に入ったことがありましたが、活きた蛇が何匹も入っている金網の籠を無造作に足元に置くのには度肝を抜かれました。日本でも水槽の活きた魚をお客様に選ばせるという店がありますが、蛇を選ばせるのも広州では一種のサービス?なのでしょう。ただ何を美味しそうと感じるか、何を嬉しいと感じるかは慣れ親しんだ食文化によりますから、我々も外国人を接待する際には充分気をつけなければと思います。

さてとんでもないサービスで驚かされましたが、料理の方はどうかというと、炒め物あり、揚げ物あり、蒸し物ありで、一般の中国料理と何ら変わることなく非常に美味しいものでした。特に「蛇羹」は芳醇なスープに具材の滑らかな舌触りが格別な味わいで、別皿に添えられている菊の花びらと揚げた小さなワンタンの皮を加えると、その香やサクサクした歯ごたえ、油の風味が加わって濃厚なスープのアクセントとなり、一層美味しく感じられました。おそらく初めて食べる人は蛇と言われなければ全く解らないと思いますが、秋の広州で菊の花びらが添えられたスープが出されたら要注意。ただし蛇料理は体を丈夫にすると言われる秋の高級料理ですので、もし蛇のスープが出されたらこれは最高の「おもてなし」なのだと考えてください。

蛇料理の話しで気分が悪くなっている方のために、最後は「菊花火鍋」という料理を紹介しておきましょう。これは菊の花びらをたっぷり加えた鍋料理で、魚や肉などの薄切りを菊の香りのスープでシャブシャブにするという、西太后が好んだ料理です。一般的な「火鍋」は中央に煙突の付いたシャブシャブ鍋を指すのですが、「菊花火鍋」では「酒精火鍋」というアルコールを燃料とする鍋が用いられます。鍋は円形のありふれたものですが、鍋を支える台が透かし彫りになっており、ここから炎がちらちら洩れる様は庶民的で無骨な「火鍋」に比べて上品で洗練された印象を与えます。この鍋に菊をたっぷり加えればその香りと色彩が秋の風情を醸し出して優雅さを一層高め、塩で調味した味わいは淡白でありながら芳醇な旨味を持っています。しかも菊には不老長寿の功能があると言われており、香り良し、形良し、色良し、味良し、効き目良しで、自分の好きなように食べることができるのですから、味やサービスにうるさい美食家にうってつけの料理、西太后が好んだというのもうなずけます。

No.20「菊」―菊の効能その1―

“河南省南陽の山中の水源に菊が多く生えている場所があり、麓の住人はこの水を飲んで長寿であり、七十、八十で亡くなると早死とされる。”
これは『太平御覧』に載っている逸話ですが、『神仙伝』にも“康風子は甘菊花,桐実を服して、後に仙人となった”と記されているように、菊は古くから不老長寿の仙薬とされていました。本草書に「軽身」とある菊の効能も、実は仙薬であることと関係しており、元気が出て体が軽くなると言う意味だけでなく、仙人が地上と天界を自由に行き来するように、体が軽くなって仙人に近づくことができるという意味合いを持つのです。このように菊には不老長寿や仙薬の効能があると言う伝説があるのですが、今日で言うアンチエージングの効果がはたして本当にあるのでしょうか?

近年、漢方薬の功能を科学的に解明しようとする薬理研究が非常に発達し、同時に医学の進歩によって、従来非科学的とみなされていた漢方薬の功能が科学的に実証され始めています。荒唐無稽にみえる菊の功能についても薬理研究の結果、菊には抗酸化作用があることが解明され、また実験動物の寿命を延ばしていると報告されています。そればかりでなく、心臓や脳の血輸量を高めたり、コレステロールの代謝を促進する作用があって、実際に高血圧や動脈硬化、心筋梗塞の治療などに使用されています。

『中薬大辞典』に紹介されている高血圧、動脈硬化の治療法は、「菊花、金銀花(スイカズラ)の乾燥品各24~30g(眩暈があるものは桑の葉12g、動脈硬化や高脂血症にはサンザシの実12~24gを加える)を4回分として、ここにお湯を注いで茶のように飲む」というもので、200人の被験者の中で早い人は3日から1週間で効果が現れ、10日から1ヶ月ですべての人に良い自覚症状が現れたと報告されています。また注意点として煮出してはいけないとされています。

乾燥した菊の花は「杭菊」と呼ばれ、ハーブティーの材料として中国ではごく一般的に飲用されていますし、日本でもたやすく手に入れることができますので、試してみる価値は充分にあると思います。ただし、菊には体を冷やす作用があるので、冷え腹で食欲がなく、下痢気味な人は慎まなければならないと言われています。

No.21「菊」―菊の効能その2―

漢方薬は一般に煎じて飲むものが多いのですが、皮膚病などには湿布薬として使用したり、薬液で患部を洗うなどの外用薬としても用いられます。そのような用い方の1つとして浴剤にするという方法があり、私自身、肌が乾燥して痒みがある時に利用している方法をご紹介しましょう。

木瓜、桑葉、野菊花、茵陳蒿、何首烏各10gを煎じて薬液を作り、一部を残して浴剤としてお湯に加え入浴する。入浴後、残しておいた薬液を患部に塗り、自然に乾かす。

これは『慈禧光緒医方撰議』(1981年中華書局)に載る西太后の浴剤を自分に適した処方に変えたものですが、茵陳蒿(カワラヨモギ)野菊花(シマカンギク)桑葉(くわの葉)には「祛風熱」という功能があって、肌の熱を除いて痒みを取り、これに「補血」の功能を持つ何首烏(ツルドクダミの根)、「活血」の功能を持つ木瓜(ボケの実)を加えて肌を滋養し、保護するという内容を持たせたものです。したがって肌がカサカサで温まると痒みが増すという症状に適し、入浴後に薬液を直接塗ると肌がすべすべになって痒みが取れ、それまで手放せなかった保湿クリームが私の場合全く必要なくなりました。

菊は菊茶にして飲めば高血圧や動脈硬化の予防になり、浴剤にすれば乾燥肌の痒みを改善するばかりでなく、リラックス効果や偏頭痛にも良く、大変利用価値の高いものですので、是非活用してみてください。

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