「苦瓜」 ―苦瓜の来歴―

苦瓜は近年人気が高まり、日本の食卓に一年中見かけられる野菜となりました。香港の料理店では苦瓜を涼瓜と呼んでいますが、香港の涼瓜は日本の苦瓜に比べてかなり色が白く、表面の凹凸も粗く、苦味も少ないという特徴があり、日本とは品種が異なるようです。また文献には錦茘枝、金茘枝、癩葡萄、癩瓜、紅羊、菩提瓜などの名称が紹介されていますが、明代以前の文献には現われないことから、苦瓜は明代に東南アジアから中国にもたらされたものと考えられています。明代に著された『救荒本草』は飢饉の時に飢えをしのぐために食べる雑草などを記したものですが、この中に苦瓜の記載があります。
“錦茘枝、または癩葡萄とも言われる。人家の垣根に多く植えられ、茎の長さは七、八尺、茎には毛がある。葉は野葡萄に似て花が多く咲き、葉元には細い糸のような蔓が生じる。花は五弁で黄色、実は鶏の卵ほどの大きさで、先が尖り、シワ状の模様があるが、それは茘枝を大きくしたものに似ている。未成熟のうちは青く、熟すれば黄色くなり、内側に赤いワタがあって、味は甘い。食べ方は黄色く熟したものを採って、中のワタを食べる”

錦茘枝という名称はその形が茘枝に似ているところから名付けられたものですが、卵ほどの大きさがいかにも野生種の雰囲気を伝えています。また食べ方もワタを食べるとあって、飢饉のときに食べる野草の1種とみなされていたことが解ります。これが明の李時珍が著した『本草網目』になると、“苦瓜とはその苦い味をもって名付けられた。略、原産は南蛮であるが、福建や広東の人は皆これを植えている。略、南方の人は青い皮を肉と煮たり、塩や味噌で漬け込んで食べるが、味は苦く、渋く、青臭さがある”と述べられており、南方では野菜として一般的に食べられていたこと、また李時珍自身はその味を好まなかったことなどが推察されます。確かに苦瓜を初めて食べて美味しいと感じる人は少ないと思いますし、私も確か見習いの頃に先輩が作った苦瓜の味噌炒めを始めて食べて、ただ苦いだけの印象しか記憶していません。ところがその後、ある経験をしてから私にとって苦瓜は夏に欠かせない食べ物となりました。

No.6「苦瓜」―夏の養生食―

私が六本木四川飯店での修行を終えた頃、ある陶芸家から中国旅行のお誘いを受けました。というのもちょうどその頃、河南省で宋代の焼き物として最高峰とされる汝官窯の窯跡が発掘されたらしいという情報が入り、さっそく見に行こうということになったからです。我々は夏の炎天下をあちこち移動し、さまざまな窯跡を見て回りましたが、結局、汝官窯の窯跡は見ることがかなわず、香港を経由して台湾から日本に帰国しようという時に、重なった疲労と暑さで体調を崩してしまいました。食欲は全くなく、吐き気とだるさで完全に暑気あたりを起していた時に、たまたま台湾料理の苦瓜とスペアーリブのスープを食べたのですが、ふだんは美味しいと感じられなかった苦瓜が、その時はなぜか非常に美味しく感じられ、しかも次の日、体調が元通りに回復したのには私自身驚きでした。以来、夏になると夏バテ防止に苦瓜とスペアーリブのスープを作るのが我が家の習慣になり、以来その苦い味がむしろ美味しく感じられるのが不思議です。何を美味しいと感じるかは人によってさまざまですが、体が要求するものが美味しいと感じられることは、人体そのものが自然治癒力を持ち合わせている証拠であるように思われます。野生動物が誰に教わるということなしに、薬草のような草を食べて病気を治すことが知られていますが、人間も同じ動物としてこのような能力を持っているのでしょう。そこで我が家の苦瓜スープの作り方を紹介しておきましょう。

「苦瓜炖排骨」(苦瓜とスペアーリブのスープ)
材料 苦瓜1本、スペアーリブ200g、生姜1片、紹興酒適量
作り方

  • 苦瓜は半分にしてワタと種を除いておく。
  • スペアーリブを一口大に切り、沸騰したお湯に入れて、アクを除き、弱火にした後、生姜、紹興酒を加えて1時間ほど煮込む。
  • ②に苦瓜を加えて弱火にし、蓋をして30分ほど煮込む。
  • 最後に塩、胡椒で味を調える。

No.7「苦瓜」―苦瓜の効能―

「医食同源」という言葉からも知られるように、食品にも漢方薬と同じような性質や効能があると古くから考えられており、「本草書」といわれる歴代の薬物辞典には食品も漢方薬と同列に扱われて記載されています。また病気を治療する場合でも先ずは食材で治療し、それで効果が現われないときに初めて漢方薬を使用するという原則が確立していました。

「本草書」には食材や漢方薬について次のような記載がされています。
1「四気」体を温めたり冷やしたりする4つの性質
2「五味」食材や漢方薬が持っている特色を5つの味で表す
3「帰経」どの経絡、臓器に働くかを表す
4「功用」効能
5「主治」どのような病気に有効なのかを表す
6「宜忌」使用してはならない注意点
7「選方」実際の使用例
これから見ても解るように、漢方は科学的な立証という点では劣っていますが、使用経験の積み重
ねという意味では詳細なデータを蓄積していると言ってよいと思います。

苦瓜について見ると、四気は「寒」、五味は「苦」「淡」、帰経は「心、脾、肺」、功用は「祛暑滌熱」「明目」「解毒」、主治は「暑熱煩渇」「消渇」「赤眼疼痛」「痢疾」とされています。功用の「祛暑滌熱」とは体の熱を冷まし、夏バテや体の火照りなどを改善することを言っており、苦瓜は夏の健康食品として優れた食材といえます。また主治の「消渇」とは糖尿病の漢方名称です。糖尿病は春秋戦国時代に著された『黄帝内経』の中に「消痺」という言葉で記載されており、よく食べても痩せて(消)、喉が渇くことから「消渇」という病名が生まれました。そしてその原因も“肥美な飲食によって病を発する”とされているところを見ると、明らかに今日の糖尿病であることがわかります。苦瓜には血糖を下げる薬理効果が科学的に証明されていますから、苦瓜料理は糖尿病に有益な事は間違いないと思います。ただし、あまり肉材料を加えすぎると逆効果になりますので、その場合は和え物にするなど、肉の使用を控えた料理にするとよいでしょう。また注意事項として胃腸が弱く冷え腹の傾向にある人は既存症を悪化させる可能性があり、苦瓜の成分には子宮筋を収縮させる働きがって流産を招く恐れがあることから、妊娠中は苦瓜を食べない方がよいと言われています。

No.8「苦瓜」―苦瓜料理―

さて苦瓜料理は他の野菜に比べるとそんなに種類があるわけではありませんが、中国南部を中心に各地で食べられています。一般的には苦瓜のワタを除いてこの中にひき肉などを詰め、煎り焼く、揚げる、蒸すなどして加熱する料理、鶏肉や牛肉、豚の胃袋などと炒める料理、魚や肉と一緒に煮込む料理、肉材料とともに煮てスープにする料理に分類することができます。中でも私にとって最も印象深いものはかつて香港で食べた「涼瓜(火文)三黎」という料理です。これは苦瓜と広東で三黎と呼ばれる鰣魚を豆豉風味の味付けで蒸し煮(火文)にした料理で、鰣魚料理としてもよく知られているものです。

鰣魚はニシン科の回遊魚で、産卵のために4~6月に河を遡上するため、揚子江流域の鎮江や富春江などの名産地が古くから名高く、宮廷に献上される高級な魚でした。『中国食文化事典』によれば、“中国では、初夏の最高のご馳走で、日本の初鰹と同様、これを食べて季節を知る”と解説されていますが、近年はほぼ壊滅状態でほとんど遡上せず、5,6年前に数匹捕獲されたという話を上海で聞いたことがあります。料理としては蒸し魚にするのが最も一般的で、その味は柔らかく上品ですが、わずかにニシンに似た香があり、小骨が多い魚です。また鱗の下が最も脂が乗って美味しいことから、鱗を落とさずに蒸すのが決まりになっている珍しい魚でもあります。

さて私が食べた「涼瓜(火文)三黎」は遡上する前に海で捕獲した鰣魚を使用した料理でしたが、苦瓜のほろ苦さと豆豉の濃厚な風味、鰣魚特有の脂が相まって、苦瓜料理の中でも別格といってよいものでした。しかし一緒にこの料理を食べた子供たちにはいたって不人気で、私が鰣魚の薀蓄をいくら語っても、“骨が多いし、苦くて美味しくない”という惨憺たるものでした。子供の舌は敏感で意見も率直ですから、私の作った料理は極力子供に味見させて意見を聞くのですが、若者言葉で“普通においしいい”と言われると褒められているのか、けなされているのか、“普通に意味不明”と言いたくもなる今日この頃です。

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