「スッポン」―中国史に登場するスッポン―

スッポンは『詩経』にも詠われているように古代からご馳走とされていた食材です。周代の制度や儀礼を記した『周礼』にもスッポンを王室に献上する特別職として「鱉人」という官職があったことが記録されていますが、スッポンの美味をよく伝えるエピソードが『春秋左氏伝』に載っているので紹介しておきましょう。

鄭の貴族、子公と子家は鄭王霊公に拝謁するために宮殿に赴きましたが、そこでたまたま霊公に献上される大きなスッポンを見て子公は食指を思わず動かし、「いつの日か私が王になったならば、このようなスッポンのご馳走を必ず食べてやるぞ」と子家に語るのでした。さて殿中に入ると料理人がスッポンを調理しようとしているではありませんか、二人はスッポンのご馳走が食べられると顔を見合わせて笑みを浮かべたのです。これを見ていた霊公が何を笑っているのか子家に尋ねたところ、事情を聞いて「私が王になったら」とは何事かとにわかに気分を害し、スッポン料理をふるまう宴席に子公を呼びつけながら子公には与えず、満座のなかで恥をかかせました。子公はおおいに怒り、指をスッポンスープに突っ込んでこれを嘗めて出て行ってしまいましたが、この無礼な行動に霊公はまたもや激怒し、子公を殺してしまおうと考えました。ところが子公はこれを察知し、この年の夏、逆に霊公を暗殺してしまいます

この話は「食指が動く」という諺の出典ともなったものですが、大好物の料理を目の前に出しておいて食べさせない為に殺されてしまうという、食べ物の恨みは恐ろしい実例でもあります。このような話が伝えられるほどスッポンは古代からご馳走として有名な食材でありました。特にスッポンの甲羅の周りについている柔らかいエンガワは「君辺」と呼ばれ、大型スッポンのエンガワ乾燥品は希少材料「八珍」の1つとされています。

No.15「スッポン」―さまざまな調理法―

さて古代からご馳走とされてきたスッポンはどのように調理されていたのでしょうか?
一番古い例は『詩経』の「炰鱉」で、これはスッポンの蒸し焼き料理です。また『礼記』や『楚辞』にはスッポンの煮物料理が記されており、もちろん『春秋左氏伝』の話しにもあったようにスッポンスープは常に人気の料理で、歴代の料理書に記載されています。また宋代になると他の材料でスッポンに見立てたもどき料理「假黿魚」が登場し、しかも皇帝の誕生日の宴会に出された宮廷料理として記録されています。スッポンが美味しいご馳走であるのはあたり前のことですが、味も見かけもスッポンと変わらないのに、実はスッポンを使用しないで作りましたと言うところに技術の高さとグルメを喜ばせる趣向があったわけです。どのようにこれを作ったのかは記されていませんが、元代の料理書『居家必用事類全集』には「假鱉羹」(スッポンのもどきスープ)の作り方が書かれています。これによると、鶏肉をスッポンの肉に見立て、黒羊の頭をスッポンのエンガワに見立て、鴨の卵と澱粉を練ったものをスッポンの卵に見立て、キクラゲと板春雨を底に敷いて、熱いスープをかけ、生姜の糸切りを添えるという作り方をしました。実際にスッポンを使うより手間がかかるように思われますが、このようにして料理で遊んだ訳です。

同じように手間をかけた風変わりなものとして「遍地錦装鱉」という料理が『清異録』という書物の中に登場します。これは唐の時代、偉巨源という人物が尚書令を拝命した際に皇帝を自宅に招いて献上した料理の1つで、「羊脂、鴨卵脂副」という注が付いている事から、羊の脂肪などさまざまな具材を色とりどりに散らした「スッポンの茶碗蒸し」であると想像されます。今日の中国料理にこのような料理は存在しませんが、スッポンはスープ、煮込み料理はもちろんの事、蒸し物、蒸し焼き、炒め物、揚げ物、オコワなど、さまざまな料理に調理されてお客様を楽しませています。

No.16「スッポン」―古月のスッポン鍋― 

中国料理「古月」では開店当初からスッポン料理を提供していましたが、私がまだ駆け出しの頃、お客様から“京都の「大市」でスッポン鍋を食べたことがあるか”と尋ねられ、“ありません”とお答えしたところ、お客様がさっそく「大市」をご予約してくださり、食べに行ったという思い出があります。「大市」のスッポン鍋は他に真似ができものではありませんが、私なりに感じるところがあり、その後、試行錯誤を重ねて今日の「古月特性スッポン鍋」が完成した訳です。古月のスッポン鍋はスープが澄んで芳醇な中にさっぱりとした味わいがある事、スッポンを煮すぎないようにし、旨味と歯ごたえを残す事に注意をはらって調理しています。そのために前もって上等なスッポンスープを作っておき、この中でスッポンの切り身をさっと湯がいて仕上げています。一般の中国料理ではスッポンをじっくり煮込んで旨味をスープに引き出すように調理しますが、このような作り方ではスープだけが美味しく仕上がり、スッポン自体の旨味は失われてしまいます。また、一般的にはスープを濁らさないように弱火で調理しますが、これでは臭味が残り美味しくありません。あくまでも強火で調理して出来上がりは澄んでいるという点が技術的に難しいところなのです。古月のスッポン鍋は中国料理の技術を駆使したもので、「大市」とは異なるのですが、その精神のようなものを教えていただいたと思っています。

それにしても、若い頃にお客様から教えていただいたことが、今日の基礎となっているとつくづく感じます。褒めていただいたり、お叱りを頂戴したりしながら料理人は育っていくわけですけれど、お客様もまた料理人を育てようとされていたように思われます。インターネットで料理評論が盛んな時代となりましたが、昔のような料理人とお客様の心の交流が返って薄らいでいるように思われてなりません。

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